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【感想】『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』

読了:岡田麿里『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』文藝春秋、2017年。

ヨドバシカメラ電子書籍リーダー「Doly」で読みました。リーダーの仕様上、ページ数が表示されないので引用はページ数が書けないことをご了承ください。)


題名にもありますが、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」と「心が叫びたがってるんだ。」を書いた岡田麿里さんの自伝です。


特に「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」、通称「あの花」は私自身にとっても非常に思い入れの強い作品ですので、前々から読んでみようとは思っていたのですが、ヨドバシのお気に入りリストに追加した以降すっかり忘れてしまっていました。申し訳ありません。


まず、岡田氏が「登校拒否児」だったということに衝撃を覚えました。

しかしその一方で真っ先に思い浮かんだのが、「あの花」の主人公・じんたん(宿海仁太)も引きこもりという設定であり、これは岡田氏の過去を投影したキャラクターでもあるのかなぁ…なんて内容を読む前から考えていました。


中盤くらいまでは登校拒否児だった頃の体験が、印象的な出来事や心境の変化などを交えながら事細かに描かれています。

学校を休もうとしたときの母親とのちょっとした戦いや、新しいキャラ設定でクラスに馴染みつつあった中であることがきっかけで結局登校拒否児に戻ってしまったことなど、本当に振れ幅の大きい人生を過ごされたんだなぁ……と。

その辺の詳しいことは本書を読んでいただきたいのですが、特に印象に残った部分を取り上げてみたいと思います。


登校拒否児であった中学生時代に、「どうして私は、登校拒否児になってしまったのか」ということを繰り返し考えていた際、特に小学生時代の記憶が強烈に残っていたようです。


その理由を岡田氏は、

なにしろ、新しい情報がほとんど入ってこない。そうなると、過去の辛さばかりを思い出すことになる。そして「あの時、ああしていれば」ということばかり考えて、最後に学校に行かなくなった日の出来事、その原因、そしてその原因が起こったと思われる日の出来事……とさかのぼってうだうだ考えていると、中学生から小学校高学年になり、低学年になり、下手をすると幼稚園にまで時が戻ってしまう。

と述べています。

この「新しい情報」というのは、自分自身が関係しているということが重要なんだと思います。

引きこもって毎日同じような生活をしていても、インターネットやテレビを見ればいくらでも新しい情報は手に入れることが可能です。ただ、そのような情報は自分とは切り離された、「どこかの世界」で起こっていることなので本当の意味で「情報」ではないのでしょう。

学校に行っていれば、少なからず周りで何かしらの出来事が起こっていて、直接的だろうと間接的だろうと自分自身が関係していることが多くなります。そうした「新しい情報」を手に入れることで未来への展望が見えてくることもあります。

「情報」と言うよりは「経験」や「体験」と言えるかもしれませんね。

だから、不登校であっても定期的にフリースクールのような施設に通ったり、自分自身が「何か」を体験できる場に行ったりすることは大切なんだろうなぁ。
自分の中に何かしらの「経験」を上積みしていく行動ができればいいのですが。

とは言っても、不登校になってしまった子がそっち方面に気力を出せるかというと、これも難しい問題だとは思います。

この辺の専門的な知識は持ち合わせていないので、これくらいで留めておきます。


中盤以降は高校を卒業してからシナリオライターとして働き始めた頃のことについて描かれていますが、この辺りを読んでいたときに、以前Books&Appsさんで読んだこちらの記事が頭に思い浮かびました。


本当は全部を引用したいところですが、特に関係しそうな部分だけを引用します。

一方、偶然入ったコミュニティで著しく低い評価をつけられたものは、基本的にはそのコミュニティから脱出したいはずだ。そういう人間は地元での『縁』をリセットしたいが為に、様々な手法で再度別のコミュニティへの所属を図る。あるものは勉学を、またあるものは創作活動を、あるいはスポーツを頑張り、新天地での新たな格付けを得ようとする。

だからこそ、『縁』をリセットしたい人にとっては、都会は最適な場所だということが述べられています。

岡田氏が、この記事に書かれていた内容の具体例になっているなーと。

私はこの記事の言う「田舎」に暮らしたことがないので実際のところは分かりませんが、都会の選択肢の多さは本当に良いところだと思っています。


岡田氏も秩父の窮屈さから東京へ出ようとしていたようですが、結果として社会的資本の再選択に成功しているのではないでしょうか。

ただ、自分の作品では苦い記憶が詰まっているであろう秩父を取り上げ、それによって秩父が盛り上がるという皮肉とも言えてしまう結果になってしまいましたが、それはそれで岡田氏の中で折り合いをつけているようです。


後半になってやっと「あの花」「ここさけ」の制作話になりますが、「あの花」ではあくまで東京郊外にある架空の田舎町という設定だったそうです。

しかし、誰かが「秩父でいいじゃん」と言い出し、打合せの場が嫌な方向に盛りあがり始めてしまった。そんな中で、私だけが血の気が引いて氷点下だった。
「モデルとなる場所があるなら、その方がお前も書きやすいだろ」
 長井君に言われても、私はイエスと言えなかった。「秩父出身の登校拒否児が、秩父を舞台に登校拒否児時代を描いた」なんて、寒すぎて卒倒しそうだ。インチキ臭い自己啓発セミナーの売り文句のようじゃないか。

このように舞台が秩父と決まり、さらには参考資料であったはずの岡田氏の実家がいつの間にかそのまんま主人公・じんたんの家として使われてしまうということもあったそうです。
これにはさすがに大反対したみたいですが、現場の雰囲気が悪くなっていくのを感じ取り、岡田氏が妥協せざるを得なくなりました。

いやー、なんというか……なかなかグレーゾーンな話ですが、岡田氏もそういう状況にありながらよく「あの花」の企画が没にならなかったな…と。


最後ですが、話は進み、「ここさけ」も完成に近付いた頃に田中将賀氏からこんな一言があったそうです。

田中さんは「もう、この三人で作品をつくれるのは最後かも」と言っていた。そうかもな、と思った。

(「この三人」とは、長井龍雪氏、田中将賀氏、岡田麿里氏。)

そうかー、そうなったら残念だなーって思っていたのですが、ひょんなことから知った情報で……

またタッグ組んでるじゃないか!!

公開が10/11ということはもっと前から情報があったと思うのですが、今の今まで知りませんでした。

これは観に行こう。


今回はこんな感じです。