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日常生活の雑感を書き出しています。備忘録的役割。

【感想】『きみは赤ちゃん』

読了:川上未映子『きみは赤ちゃん』文春文庫、2017年。

 大学以来に川上未映子氏の本を読みました。本書は川上氏の妊娠〜1歳までの育児の期間に体験したこと、そして感じたこと、考えたことが綴られているエッセイです。

 正直なところ、川上氏については小説『わたくし率インハー、または世界』とエッセイ『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』しか読んでいないんですけど、大学時代にそれらを読んで結構な衝撃を受けたんですよ。内容云々ではなく文体に。
 一文一文が非常に長く、本来「。」で区切ってもいいところも「、」で繋げてしまっていて、かと言って読みにくいわけでもなくちゃんと伝わってくる、かと思いきや短文がスパッスパッと続いたりもする、そんな文章の書き方が非常に印象的でした。これはぜひとも味わっていただきたいのですが、ただまぁ、合わない人にはとことん合わないかなぁなんて思いもしました。


 本書ではそこまでの繋げ方はしていないので当時の感覚は味わえなかったのですが、それよりも内容的に色々と思うことはありました。

 というのも、先程も触れましたが、本書は川上氏自身の妊娠〜1歳までの育児の期間について綴られていて、ちょうど今の私自身の境遇と近い時期のことだったからです。

 しかし、ここには絶対的に違うもの、男女の差というものがあり、川上氏はそこについての辛辣な気持ちをご主人の「あべちゃん」にぶつけている部分もあります。それでも「親」という枠で考えれば共感できる部分も多々ありました。

 生まれたばかりの息子がただ存在しているだけで胸の底からいとしいというかかわいいというか、なんといってよいのか見当もつかない気持ちであふれているのに、それとおなじだけ、こわいのだ。息子の存在がこわいというのではなくて、その命というか存在が、あまりにもろく、あまりに頼りなくて、なにもかもが奇跡のようなあやうさで成り立っている、そしてこれまで成り立ってきた、ということへの感嘆というか、畏怖というか、それはそんな、こわさだった。


(中略)


 わたしがいま胸に抱いているこの子は誰だろう。どこから来た、いったいこの子はなんなのだろう。わたしとあべちゃんが作ろうと決めた彼は赤ちゃんで、わたしのおなかのなかで育ち、そしてわたしのおなかからでてきた赤ちゃんなのだけど、でも、肝心なところ、彼がいったいなんなのか、どれだけみつめても、それはわからなかった。そして、やっぱり彼は、わたしとあべちゃんが作ったわけでは、もちろんなかった。かわいい。とてもかわいい。そしてとても小さくて、あまりにもろく、目を離したらすぐに消えてなくなってしまうんじゃないかと思ってしまう。これまで出会ってきたどんな人とも物ともちがう存在のしかたで、まだ言葉も記憶ももたない息子は、わたしに、ただじいっと抱かれているのだった。

 この、かわいい、とにかくかわいい、でももろくて、ふと目を離したら消えてしまうのではないか、という怖さみたいなものは私も当時、いや、今でもずっと持ち続けています。子供が生まれて初めてこの手で抱いたとき、「生まれてきてくれてありがとう」と本当に感激したし、とにかくかわいかったのは今でも鮮明に覚えています。

 しかしその一方で、抱っこするときにちょっと力が入ってしまっただけで骨が折れてしまうのではないだろうかと内心は触るのも怖かったし、もう一度川上氏の言葉を借りるなら、「その命というか存在が、あまりにもろく、あまりに頼りなくて、なにもかもが奇跡のようなあやうさで成り立っている」ということを目の当たりにしたような気がします。


 それから1年は経ち、お肉も付いて、肌もすべすべで、自分の足でそこら中を歩き回るくらいに逞しく成長を遂げてはいますが、それでもまだまだ「奇跡」のような存在で、朝起きたらふと消えてるんじゃないだろうか、夢だったんじゃないだろうか、なんてよく分からない不安に駆られることもあります。まぁ、こんなことを奥様に話したことはないんですけどね。


 そして、文庫版のあとがきにもこう書かれていました。

 子育ても五年めに入ると現実的に慣れる部分もたくさんあるし、何かしらのコツみたいなものもようやくつかめてきた、というところはあるのだけれど、しかしどうしたって慣れることのできない本質的なものがあって、それは今日も一日、子どもの命があるかどうかということで、妊娠してから今日の日まで、それが失われるかもしれないという恐怖を感じない日はありません。
 でも、これにかんして親ができることといえば、ほとんど祈りに近いようなものになりますよね。命というものが、ものすごく微妙で、じつに曖昧で、原則的には個人がどうすることもできない偶然のうえに成立している──わたしにとってこの五年間と、そしておそらく残りの人生は、きっとその認識を生きることそのものであると、そんなふうに感じています。

 5年経っても消えることはないのか……いや、でも、そうだろうな…。5歳にもなると行動範囲も広がって、1歳の頃とはまた別の危険性もあるし、この不安は一体いつまで続くんでしょうかね。それこそ親それぞれの個人差はあると思うけど。

 1歳くらいまでは乳幼児突然死症候群、いわゆるSIDSなんかの危険性があるけれども、たとえその時期を過ぎたとしても突然の病気なんていつ発症するか分からないし(大人ですら分からない)、今後保育園、小学校と成長していくにつれて、私たち親の目から離れている時間も長くなってきます。きっと、多分、私はそんな不安をずっと持ち続けるような気がします。

 それがいつになったら消えるか分からないし、もしかしたら消えないかもしれないけれど、子供の成長を見守っていくためには自分自身も少しでも長く健康でいなくてはいけないとなぁ…なんて思います。
 私がここまで何不自由なく生きてこられたのもある意味では「奇跡」で、だからといって今後、病気や命の危険に曝されることはないとは言い切れないので、何気ない日々でも毎日を大切にしていかないといけないんですよね。なんて壮大なことにまで考えが巡ってしまいましたが、まぁ、そんなことを考えさせられる本であったことは確かです。

 これ以外にも、うーむ……と考えさせられるところもあれば、クスッと笑えてしまうエピソードもあり、興味深く読める内容でした。


 今回はこんな感じです。