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日常生活の雑感を書き出しています。備忘録的役割。

【読了】『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』

読了:カル・ニューポート/池田真紀子訳『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』早川書房、2019年。


 読み終わってから多少日が経ってしまったのでもういいかなーなんて思っていたのですが、もしかすると今の状況に結構必要なことなのかも…?と思うようになったので書いてみました。


 「デジタル・ミニマリスト」とは、デジタル・ミニマリズムという哲学に基づいて行動する人のことですが、その哲学はこう定義されています。

デジタル ・ミニマリズム
自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り、オンラインで費やす時間をそれだけに集中して、ほかのものは惜しまず手放すようなテクノロジー利用の哲学 。


 本書ではそうしたデジタル・ミニマリストの実例が紹介されつつ、デジタル・ミニマリストを目指そうとする読者へ「演習」という形で著者が行動の提案をしています。ただ、読んでいる感じだと、著者は決してああしろこうしろと決めつけるのではなく、各自の環境に合わせてこうした方がいい、こういう方法もあるといくつかの道筋を示してくれています。

 その具体例は色々と挙げられていましたが、根本的な部分は「デジタル片づけ」として3つの手順が示されています。

デジタル片づけのプロセス
1 三〇日のリセット期間を定め、かならずしも必要ではないテクノロジーの利用を休止する。
2 この三〇日間に、楽しくてやりがいのある活動や行動を新しく探したり再発見したりする。
3 休止期間が終わったら、まっさらな状態の生活に、休止していたテクノロジーを再導入する。その一つひとつについて、自分の生活にどのようなメリットがあるか、そのメリットを最大化するにはどのように利用すべきかを検討する。


 例えばですが、夜、寝る前の2時間にFacebookで友人の投稿を読み漁って「いいね」を付けたり、コメントを付けたりするのは見直すべき時間であって、その2時間をもっと有意義に(夜の散歩をする、家族とのコミュニケーションを増やすなど)過ごしましょうよ、ということですね。
 この例で言えば、Facebookは「かならずしも必要ではないテクノロジー」となるので、利用を停止してみる対象となります。ただ、じゃあデジタル・ミニマリストを目指す誰もがそうするべきかというとそうではありません。Facebookで仕事を受け付けている人なんかは利用を停止すると生活に影響が出てしまうため、その部分は残すように調整するという感じです。

 ニュースアプリなんかもそうで、「グノシー」や「SmartNews」など様々ありますが、空いた時間の度に見続けていたらそれはやっぱり見直すべきものとなります。これを週1回、決めた時間にだけ(例えば土曜日の朝9時から1時間だけ)見る、というように調整していきます。


 私はどちらかというと「インターネットって素晴らしい」を基本的な考えにしていますが、この「デジタル・ミニマリズム」という考え自体には肯定的ではあります。インターネットを含め、本書で挙げられているテクノロジーにはやっぱり負の部分もあるわけで、その深みに嵌ってしまうような状況なのであれば、それは改善した方が良いとも思います。


 まさに今なんてそうした深みに嵌りやすいんじゃないかと思うわけですよ。テレビを見ていれば新型コロナウイルスの情報ばかりで、毎日毎日何人が感染、芸能人の誰が感染しただとかのニュースばかりだし、行政の「外出自粛」に従っているだけなのに閑散とした風景を映して「異様な光景」の印象を煽ってくるしで、不安を煽るようなものばかり目についてしまいます。

 一方のインターネット界隈も、それ関連の記事がヒットしやすくなっているし、Twitterには勝手な推測で不安を煽るようなツイート、政府批判のツイート、そしてデマ……。いや、決してそういう情報ばかりではないんですよ、笑ってしまうツイートもあるし、ほっこりと癒やされる動画だって流れてくるんです。でも、こういう時ほどどうしてもネガティブな情報に目が行きがちになってしまいます。


 それらを見た時に「はいはい」と言ってスルーできる人はいいんですけど、より不安が募り、精神的負荷がかかってしまう人もいるわけで、こういう時こそデジタル・ミニマリズムの考え方を応用できるんじゃないかなーと思います。

 Twitterを見ると不安が加速してしまうのであれば、タイムラインを整理することもできるし、特定の単語をミュートすることもできます。まぁ、それでもリツイートなんかで回ってくることもあるので、スマホからアプリを消してしまうなんてのも手です。
 アプリ削除だけならアカウントは消えないし、Twitterを見るためにはブラウザやパソコンから見なくてはいけないというちょっとしたひと手間が結果的にTwitterから離れるきっかけになるかもしれません。

 テレビにしても、ニュースやワイドショーがやっている時間帯を避けるとか、録画した番組しか見ないとか、そもそもテレビを見ずに本を読むとかで遠ざけることはできます。


 まぁ、デジタル・ミニマリズムが目指すべき部分はTwitterなんて辞めてしまって、人生を豊かにする行動をしようということなんで、上の対策はちょっとズレているかもしれませんが、普段は何も気にせずに使っていたツールを見直すという作業は繋がる部分があると思っています。それに、現状ではなかなか外には出にくいので、代わりに新しい活動を始めるのも難しい状況ですからね。


 また、結局のところ、できる限りの予防と対策を個人でしていくしかないので、毎日ニュースにかじりついて何人が感染、あそこで死者が…なんて情報を得る必要性はそんなにないでしょう。

 確かに感染者数が日に日に増えている現状では、底知れぬ不安が募っていると思います。だからこそ、「安心」を得ようとより小さな数字を見付けてこようとするんですよね。昨日よりは少ないとか、インフルエンザの死者数の方が多いとか、割合だとまだ数%だとか……。
 これらはそう簡単に比較できるものではないので、まぁ、あんまり意味のないことだとは思うんですけど、私もやってしまいがちではあります。


 先ほども書きましたが、私は基本的には「インターネットって素晴らしい」派なので今後もひたすら使い続けますし、本書では見直し対象になるような使い方もしていくつもりですが、デジタル・ミニマリズムという考え方そのものには賛成なので、頭には残しておきたいと思います。


 今回はこんな感じです。