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日常生活の雑感を書き出しています。備忘録的役割。

ポケモン剣盾(ソード・シールド)の感想


 あー、そうなんですかー、配信がまだまだ先すぎてもうその頃にはやってないだろうなー、いやでもまぁ、なんだかんだ言って「ポケモン」は気になっちゃうから手は出してみるんだろうなー、という感じです。


 実はクリスマス時期にNintendo Switchを買いまして、記念すべき最初のソフトとして「ポケモンソード」を購入しました。


 とりあえず殿堂入りはしましたので、そこまでの感想を書いていこうと思います。

 まず、一応RPGゲームなのでストーリーに関してですが、ペラッペラです。もはや、「ストーリー」と言っていいのかどうかも分からないです。
 原因は、良くも悪くも今作の目玉要素である「ワイルドエリア」なのかなぁ、と思っています。初期ポケモンで言うサファリパークみたいなエリアなのですが、地帯ごとに出現ポケモンが変わり、戦い放題に捕まえ放題、巨大化したポケモンとも戦えるという、とにかくストーリーそっちのけで入り浸ることができます。ただ、高レベルポケモン(手持ち平均がLv.25くらいの時期なのにLv.40とか)も出現するのですが、そういうのはバッチを揃えていかないと捕まえることができません。

 つまり、そうした高レベルポケモンを捕まえたいならジム戦をやるしかなくなり、次のジムが終わるとさらに高レベルポケモンが現れるので、またその次のジムへ……の繰り返しで、言ってしまえば「ワイルドエリアで捕まえられるレベルの上限を解放するためにジム戦を進めている」という作業をやっている感が否めませんでした。

 もちろんワイルドエリアそのものは非常に楽しく、私も入り浸っていましたが、ストーリー上の「寄り道」的な部分ってこれだけなんですよね。その途中にイベントやダンジョン的な要素もないので、基本的には「素通り」するだけでした。
 初期ポケモンであれば、発電所、豪華客船、シルフカンパニー……など街と街の間でちょっとしたダンジョン的要素が入っていたと思います。

 そして、これも結局はストーリーに関することになってしまうのですが、今までのポケモンって「旅をしている」という雰囲気が強かった印象ですが、今回はガラル地方全体で行われているジムチャレンジという「イベントに参加している」という印象でした。
 だからなのか、1つのジムが終わると「はい、じゃあ次のジムに行ってねー、早く早くー」という感じですごい急かされた気がします。先述したように、街と街の間でダンジョン的要素が殆ど無いので、次の街にもあっという間に着いてしまうし、ジムチャレンジも割とあっさり終わってしまいます。非常に単調です。

 これらの理由から、冒頭でも言ったようにストーリーはペラッペラ、もはや「ストーリー」と言っていいのか分からない、という感想になりました。


 と、ここまではマイナス要素ばかりを挙げましたが、良かった点についてもお話しします。

 まずは、やはり「ワイルドエリア」でしょう。
 地帯+天候によって出現モンスターが変わるので、図鑑集めもできるし、レベル上げもできるしで、ハマると入り浸ってしまいます。
 出現モンスターの中には交換で進化するポケモンハガネールやゲンガー)も出てくるので、オンライン加入もせずにぼっちプレイをしている私にとっては非常にありがたかったです。もちろんそういう特殊進化のポケモン全種類が出くるわけではありませんが……。

 次に、「厳選」や「育成」がしやすくなったそうですが、これはバトル中心でポケモンをやっている方々にとっての話ですかね。私はストーリーを楽しめればいいやーって感じなので、割愛させていただきます(というか、その辺についての理解が乏しい)。

 最後に、シンボルエンカウントやキャンプシステムが導入されたことによって、ポケモンたちのちょっとした仕草が一段と可愛く見えるようになりました。これはもうそのまんまの意味です。


 さて、私の感想をざっくりまとめますと、

①ストーリーが単調で、「寄り道」的要素がワイルドエリアしかない
②今作は「旅をしている」というよりも「イベントに参加している」という印象
③ワイルドエリアそのものは入り浸ることができて楽しかった
④「厳選」や「育成」がしやすくなった(らしい)
ポケモンの仕草がかわいい

 時期はまだまだ先ですが、追加ストーリーやリストラポケモンの解放など楽しめる要素は増えそうなので、一応楽しみにしておきます。今はもうやらないと思いますが…。


 半額セールで買った「Human Fall Flat」(PS版)楽しいですよ。


 今回はこんな感じです。

2020年の巨人について語る〜ストーブリーグの動向part.2〜

 2020年、一発目の記事です。
 今年もよろしくお願いします。

 前回のpart.1からかなり間が空いていますね。

 前回はちょうど巨人がFA獲得を目指していた2選手にフラれ、さらに山口俊のポスティングによるメジャー挑戦という、マイナスなニュースが重なった時期でした。
 さてさて、今回は、戦力も出揃ったのでストーブリーグの動向を勝手に総括してみようと思います。例によって敬称略です。

FAについて

 まぁ、巨人の戦力補強の定番ですね。ここ3年間で6人も獲得しています。今オフも楽天・美馬(当時)、ロッテ・鈴木(当時)と交渉していましたが、どちらからもお断りがあったことは前回の記事でも取り上げました。山口の穴を埋める先発投手、長年レギュラー不在に悩まされているセカンドのレギュラー候補とせめてどちらかでも…と個人的には思っていましたが、ファンの間では全然痛手ではないとの意見が多いような気がしました。

 その理由ですが、来年(いやもう今年か)、ヤクルト・山田がFA権を取得し、FA宣言するのではないか、そうなると当然巨人も獲得を目指すことになり、そして巨人への移籍となると鈴木はポジションが被ってしまう、だから来年まで我慢すればいい、というか生え抜きのレギュラー候補が奮起しろ!ってな感じでした。山田の獲得という希望的観測もいいですが、とりあえず今年は吉川尚、若林あたりがもう一段階飛び抜けてほしいものです。なお、山田は本人の希望で単年契約となったようで、これもまたFA宣言するのではという希望的観測に拍車をかけているようです。

新外国人について

 3選手を獲得しました。各選手の印象を書きたいと思うのですが、私は普段MLBを全然見ず、獲得が決まってからも動画などをチェックしないので細かい情報は知りません。あくまで通算成績などの数字やネットニュースを見た印象となります。

 まず1人目は、MLBワールドシリーズを制したナショナルズからFAとなっていたヘラルド・パーラです。

 メジャー通算1312安打88本塁打ゴールデングラブ2回受賞の実績があるメジャーリーガーで、岡本の後ろを打つ5番打者として期待されております。ただ、メジャー11年間で二桁本塁打が3回、3割が1回と「強打者」と評価するには若干物足りないないような気もします。昨年に限っては、打率.234と低めなので日本の野球に慣れるのに少し時間がかかるのではないかと予想しています。

 2人目は、セットアッパー候補のチアゴ・ビエイラです。

 メジャー通算は3年間で23試合、防御率7.36ですが、最速167km/hだそうです。実際には、おそらく160km/h前後というところでしょうか。また、コントロールが相当悪いという声が上がっています。
 球団の理想としては、中川とセットアッパー2枚看板にしたいところでしょうが、コントロールの悪さをどの程度修正できるかですかね。しかし、まだ27歳と若いですし、数年先を見て育成するという路線もありだと思います。あのマシソンも来日当初はコントロールやクイックが悪かったようで、当時の投手コーチの指導のおかげで長年リリーフを支える中心選手になりましたので、「ポスト・マシソン」となれるように頑張ってほしいです。

 3人目は菅野と先発の2本柱として期待されているエンジェル・サンチェスです。

 昨年は韓国プロ野球に所属し、28試合17勝5敗、防御率2.62を記録した先発候補です。17勝を記録したことも魅力ですが、防御率が2点台ということも素晴らしいですね。名前が「エンジェル(天使)」というのもなんか縁起がいいし、背番号もマシソンが背負っていた20番なので球団の期待度も高いのでしょう。
 さすがに日本でもいきなり同程度の成績を残すのは難しいと思いますが、10~12勝くらいはしてもらいたいものです。

 と、まぁ、3選手の印象を書いてきましたが、残留組には先発候補のメルセデス、守護神候補のデラロサがおり、合計で5人の外国人選手が在籍することになります(育成を除く)。一軍の外国人選手登録は4人までですが、その枠を投手だけまたは野手だけで埋めることはできないので、実質、4投手で3枠を争うことになると思います。
 とりあえず野手1枠としてパーラは確定で、投手の3枠は開幕までのビエイラの出来次第ですかね。彼のコントロールに難があるままならば、先発投手としてメルセデスとサンチェス、抑え投手としてデラロサを登録することになるでしょう。

ドラフトについて

 ドラフトは興味ないので、リンクだけ貼っておきます。

首脳陣について

 昨年は、バラエティ番組などで活躍していた元木や宮本、足のスペシャリスト・鈴木尚などの入閣で首脳陣に対してもワクワクしていました。そして今年もまたワクワクする布陣になりました。

 まずは、広島やヤクルトでも若手育成の手腕を発揮していた石井琢朗の入閣です。昨年は日本シリーズを前にして、「一身上の都合」で鈴木尚が退任となってしまい、その代役的な存在は誰になるのだろうかと気にはしていたのですが、これ以上にない人選でした。
 早速、秋季キャンプで存在感を出していましたね。

 次に、これが一番の驚きでしたが、元木のヘッドコーチ昇格です。
 昨年は内野守備兼打撃コーチとして、そして攻撃時の三塁コーチャーとしてチームを盛り上げてきましたが、(想像ですが)割と自由に立ち回れていたと思います。それがヘッドコーチという立場になってどういう立ち回りになるか注目ですかね。
 とは言え、「ヘッドコーチ」という立場に萎縮するような方ではないと思いますし、早速持ち前の明るさを武器にインタビューやトークショーを行っているようなので、まぁ、余計な心配はいらないでしょう。


***


 他にも細かい動きはありましたが、大きな部分としてはこんなところでしょうか。

 私としてはやはり石井琢朗コーチのインパクトが一番大きいですかね。今シーズンも楽しみです。

 今回はこんな感じです。

2019年書籍リスト

 もう2019年も終わってしまいますね。

 以前、mixiやブログをやっていた頃、年末にはその年に読んだ書籍リストを記事にしていました。せっかくこうしてブログを再開しましたので、今年も書籍リストを書いておきたいと思います。

 では、早速。

2019年書籍リスト

  • 光本勇介『自由価格』幻冬舎、2019年。


  • おおたとしまさ『ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』ディスカヴァー携書、2019年。


  • 岡田麿里『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』文藝春秋、2017年。


  • 松岡亮二『教育格差―階層・地域・学歴』ちくま新書、2019年。


  • 芦沢央『悪いものが、来ませんように』角川文庫、2016年。


  • 芦沢央『罪の余白』角川文庫、2015年。


  • 芦沢央『いつかの人質』角川文庫、2018年。


  • いしいさや『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』講談社、2017年。
  • 米澤穂信『いまさら翼といわれても』角川文庫、2019年。


  • 天野彬『SNS変遷史 「いいね!」でつながる社会のゆくえ』イースト新書、2019年。



***


 覚えているものは以上です。なお、漫画は除いています。

 ブログを始めてからは読んだ本の感想を記事にすることも多かったので覚えているのですが、それ以前のは正直覚えていません。
 最初の2つがブログ再開以前のもので、これは普段使っている電子書籍リーダー「Doly」の中にあったので思い出しました。
 ただ、今年はほとんど本を読んでこなかったので、まぁ、こんなものでしょう。来年はもう少し読みたいですね。


 今年読んだ中でベスト3じゃないですけど、おすすめを選ぶとしたら…

『つるかめ助産院』
『悪いものが、来ませんように』
『SNS変遷史 「いいね!」でつながる社会のゆくえ』

かなぁ。
 特に、『つるかめ助産院』はちょうど子供が産まれた頃に読んだので、心にグッと来る場面が多く、何度か泣きそうになりました。


 さて、今年の更新はこれで最後になると思います。

 6月に「頭の中でぐるぐる考えていることを文章化したいなー」と軽い気持ちで、備忘録的な存在として始めたので、「本当に学部、大学院で論文書いてたの?」ってくらい論旨がめちゃくちゃだったり、いざ文章化しようとしたらまとまらなくて適当な感じで書き綴ってしまったりと読みにくい文章だったと思います。
 それでも「スター」を付けてくださる方や畏れ多いことに読者になってくださった方もいて、「あぁ、ブログもなかなか楽しいなぁ」と思うようになりました。いつの間にか1,000アクセスを超えていましたし、本当に感謝です。

 来年もこんな感じでゆっくりと続けていくと思いますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

【感想】『学び続ける力』

読了:池上彰『学び続ける力』講談社現代新書、2013年。

 数年前の本ですが、なんとなく池上彰氏の本が読んでみたくなって読みました。別に取り立てて池上氏を支持しているとかってわけではないんですけどね。でも、一時期、どこを見ても池上氏が出てるんじゃないか?ってくらいテレビに引っ張りだこだったような気がするんですが、なんかそういう印象もあって、どういうことを書かれるお方なのだろうかと。
 名前で検索して、電子書籍化されているものの中からタイトルで気になったのを選んだのがコレでした。

 「教養とは何だろう」ということを、大学生の頃からずっと考えてきました。なかなか答えが自分の中では出ないまま、たくさんの本を読んだり、テレビで解説をしたり、自分でも本を書いてきました。
 東京工業大学で毎週、理系の学部生に一般教養を教えることが決まったとき、講談社現代新書の堀沢加奈さんに「一般教養として現代社会について教えながら考えたことを、書いていただけませんか」という依頼を受けました。自分がずっと抱いてきた問いに向き合い、考えを整理する機会になるのではないか……。そんな思いから、本書を書き始めました。
(「おわりに」より引用)

 いきなり「おわりに」の部分からの引用なのですが、池上氏が本書を書かれた動機です。

 よく「あの人は「教養」がない」だとか「「教養」は大切だよ」だとか、何かに付けて「教養」って単語は聞くのですが、その意味を明確に説明できる人はなかなかいないのではないでしょうか。とりあえず「教養」って言っておけばそれっぽく聞こえる。そんな程度で使われているように思えます。


 本書が書かれた当時、池上氏は東工大学で授業を行っていたようで、どんな授業をしていたかということにも触れられています。字面だけを追うとなかなか面白そうだなーとは思うのですが、実際に当事者だったら「面倒な授業」と感じたかもしれません。2回のレポート提出に、試験はテーマに対する記述式、評価は厳しめ……だったそうです。
 テーマは現代日本や現代世界だったので、いずれにしても「歴史」を取り扱うということで心掛けていたことがあるそうです。

「過去にこんなことがありました」と事実を教えて終わるのではなく、時代の空気を少しでも伝えられれば、と思うのは、歴史を学ぶということは、追体験をどこまでできるかということだと思うからです。
 歴史を学ぶというのは、ものごとの因果関係をきちんと知ることです。それを知ることで、これからの時代についても、推測したり、自分なりの考えが持てるようになったりします。
 そのためにも、六〇年安保でも、六八年の反乱でも、当時こんなことがあったということを、彼らにその時代の学生になったつもりで追体験してもらってこそ、本当の意味で理解が深まると思うのです。
(「第2章 大学で教えることになった」より引用)

 この視点、歴史を学ぶ上では結構重要だと思うんですよね。歴史ってどうしても事実の羅列を暗記するっていう勉強方法になりがち(特に試験勉強)で、年号やら訳の分からない言葉や法律やらを覚えなくてはいけません。学生時代、私の周りでもよく「歴史はつまらない」って言葉があがっていました。
 タイムスリップはできないので、いかにその時代背景も一緒に伝えられるかってことは社会を教える先生にとっては永遠のテーマかもしれませんね。そういう意味では歴史小説なんかは非常に良い教材なんだろうけど、学校ではさすがにそれを教科書として使うことはできないし。

「はじめに」にも書きましたが、「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」ことが多いのです。すぐには役に立たないけれども、あるいは、一見役に立ちそうにないけれども、長い目で見ると、心の栄養になったり、自分を高めたり、自分の世界を広げてくれる本もあります。
 そういう本が、教養にとっては大事であり、生きていく上でも大事なのではないかと私は思うのです。
 すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる。
 後からジワジワ役に立つものもある。
 本を読むときには、そういう考え方も、また必要ではないかなと思います。
(「第4章 読書の楽しさ」より引用)

 今あるビジネス本とか自己啓発系の本って、全てがそうではないと思うけど、結局それら「古典」と言われている理論を現代風にアレンジしたようなものであったり、分かりやすく言ってるだけであったりするものが多いから、やっぱりその根本にある「古典」を知っておくことは大切なんだろうなぁ。まぁ、だからこそ今でも読まれ続けているのだろうけど、いざ読み始めるとなかなか……ね。


 話し口調で書かれていたこともあり非常に読みやすかったですし、池上氏がどのようなことを考えられているのかが分かりやすく書かれていました。ただ、まぁ、なんだかんだ言っても「差し障りない」ことしか書かれてなかったので、「ふーん」で終わってしまう可能性のある本だと思います。


今回はこんな感じです。

新しい「Kyash Card」の情報を見た印象を書いてみました

「お金をはらう」を
軽やかに


サインのいらないお買い物、
カードをかざすだけのキャッシュレス。


― ICチップで支払いがサインレスに
― ピッ! だけでお買い物。タッチ決済が可能に
― Visaタッチ決済を搭載
― モバイル非接触決済に対応

Kyash代表取締役の鷹取真一氏は今回新たにKyash Cardをリリースすることについて「決済の未来を自分たちの手で作っていくこと」が大きなテーマになっているという。


「国内ではQRコード決済に対応するお店が少しずつ増え盛り上がりつつあるものの、その一方でグローバルの潮流を見るとVisaのお店で使えるタイプのサービスが圧倒的な支持を集めてきている。自分たちも(Visa加盟店で使えるというのを1つの特徴として)これまで本人確認なしでライトに使えるカードを展開してきたが、今後はKyash Cardに色々な機能を乗せて、よりスムーズで心地いい決済体験を提供していく」(鷹取氏)


Kyashではサービスに触れてもらうハードルをどこまで低くできるかを考え、これまではKYC(本人確認)にしても、カード取得の体験にしてもなるべく少ない情報で済むような設計にしてきた。ただ、ある程度の支持を集められたら本人確認を取り入れて機能を拡充させていくことは以前から想定していたそうだ。

 Kyashの新たなカードとして「Kyash Card」の発表がされました。ICチップに、VISAタッチってもはやクレジットカードなんじゃないかって思うんですけど、あくまで「プリペイドカード」って立ち位置は変わらないのかな。

 これまでもKyashをずっと使ってきました。プリペイドカードとはいえ、クレジットカードと連携させれば残高が0円でもオートチャージがされるという優れもので、さらに当初は2%キャッシュバックというなかなかの還元率を誇っていました。しかも、オートチャージした分はクレジットカードのポイントも貯まるといういわゆる「二重取り」もできるということで、この界隈ではそこそこ有名だったのではないでしょうか。街中で使っている人を見かけたことはありませんが。

 しかし、つい先日、消費税増税のタイミングに合わせて2%キャッシュバックが廃止になり、代わりに1%のKyashポイントが還元されるというサービスに変更になりました。私も何回か記事にしています。

Kyashが変わってしまいます - kmpen148のいろいろ
Kyashポイントの注意点? - kmpen148のいろいろ

 Kyashポイントの使用感も記事にしようかなーとか思っていた矢先に新カードの発表があったのでまだ書けていません。

 「Kyash Card」は本人確認が必要で、ICチップ決済用の暗証番号も決められるみたいなのですが、現在の「リアルカード」の問題点を埋めた感じですかね。現在の「リアルカード」もクレジットカードとほぼ同じ様に使えますが、本人確認が不要のため決済上限金額が低いとか、3Dセキュアが導入されている決済システムだと使えないとか、不満な点はちょこちょこ見かけていました。個人的にはサインが面倒でした。

 仕様を見た限りではその辺りがクリアになったように感じるのですが、気になった点は、決済上限金額が上がってはいるものの、「月あたりの還元対象決済上限」は12万円までということです(公式サイトの表参照)。ポイント狙いの人にとってはあまり旨みはありませんね。逆に、「ポイントよりもKyashの利便性が目的で使っているんだ!!」って人にとっては、決済上限金額が上がった点は有り難い部分なのかな。

 一方で、現在の「リアルカード」は「Kyash Card Lite」と名称が変わるみたいです。仕様は現在とほぼ変わりませんが、注意点が2点。
 1つが、来年4月からのポイント還元率がしれーっと0.5%に引き下げられていることです。もう1つが、発行手数料300円がかかることです。
 なんかもうこうなると「Kyash Card Lite」を敢えて使う理由が見付からないのですが、そういう人は新しい「Kyash Card」へ移行してくれってことなのかなぁ。なお、発行手数料という点で言うと、「Kyash Card」は900円かかります。


 さて、私はどうしようか…ということですが、そろそろ引き際かなぁーという考えに寄りつつあります。
 正直、先日のKyashポイントに変更になった時点でも同じ様なことを一旦は考えました。ただ、とりあえず数ヶ月は使ってみてからでもいいか、ということで今も使い続けています。
 今回の新カードもあくまで「プリペイドカード」という立ち位置のようなので、クレジットカードを連携させてオートチャージができるものと予想し、それであれば、ポイントの「二重取り」も続けられるとは思います。しかし、2%キャッシュバックの頃よりも使用頻度が若干少なくなっている現状で、手数料を払ってまでその1%にこだわる必要あるのかなー…と。うーむ、悩ましい。

 2020年初め頃から始まるようなので割とすぐじゃないですか。そこまでに決められるかなぁ。


 今回はこんな感じです。

【感想】『SNS変遷史 「いいね!」でつながる社会のゆくえ』

読了:天野彬『SNS変遷史 「いいね!」でつながる社会のゆくえ』イースト新書、2019年。

 「2004年のmixiからInstagramTikTokまで、たった15年!」。15年って長いのか短いのかよく分からないけれど、mixiの登場以降、本当に色んなSNSが誕生したんだなー。それこそ、名前すら聞いたことなかったようなものまで挙げられていました。ただ、SNSの黎明期を追っていた部分を読んでいると、「あー、あったあった!」なんて過去を懐かしむこともできました。

 平成は、そのはじまりにはまだ社会に影も形もなかったインターネットが、日々の生活になくてはならないものになり、私たちの生活を大きく変えていった時代だととらえられる。情報は素早くリッチに届けられるようになり、人とのコミュニケーションも買い物も個人の情報発信活動も利便性が圧倒的に向上していった。
 私たちは国境を越えてつながるようになったし、文字通り海外出自のサービスを活用するようにもなっている。この三〇年は、私たちの生活を情報的な意味で圧倒的に豊かにしたと思う。

 平成は昭和の約半分しか続かなかったけど、SNSはさらにその半分で、短期間でここまでの市場を形成していることを考えるとやはり結構なスピード感なのでしょう。そもそも、それを支えているインターネットだって大衆的に認知され出したのが1990年代ということを考えると、平成はインターネットの発展の時代だったと言えます。

 先述した「過去を懐かしむ」という意味では、mixiについて書かれているところなんてまさに「懐かしさ」しかありませんでした。私の中では勝手に「過去」扱いなのですが、まだまだご健在なんですよね。
 私自身、大学1年の頃に友人に招待されて始めましたし(最初の頃は招待制だった。)、むしろ周囲の大半がmixiをやっているという状態でしたので、ちょうどその頃は全盛期だったんだと思います。そこから高校時代の友人、中学時代の友人に繋がっていくという流れが素直に「すげーな」って感動した覚えがあります。

 mixiの特徴として「足あと」機能が挙げられるのですが、筆者はこのように言っております。

 ミクシィならではの特徴のもう一つは、「足あと」というプチ承認欲求装置だ。足あとがつくと、自分がその人から気にしてもらっているようで嬉しい。一方で、足あとを付けてもらったら、相手のページを訪れて足あとを付け返さないと悪い気もしてしまう。
 「あいさつの返事」のような儀礼性が発生してしまうことこそが、日本的なコミュニケーション風土を象徴していた──そして、いき過ぎると足あとを返さないければというプレッシャーになってしまい、そのネガティブな面が強まっていく。

 あー、なんか当時のネットニュースでちらほらと見かけていた気がします。まぁ、今でも「SNS疲れ」だとか「LINE疲れ」だとか言葉を変えて同じようなことが言われているので、それらの原点的な言説なんだと思います。

 mixiは大学4年生の頃(定かではないがその頃だったと思う。)までは続けていたので、その間の変化は間近で見てきました。特にTwitterが流行り出した頃に「mixiボイス」が実装されたと記憶していて、それ以降自分も含めてマイミクさんたちから一気に日記の更新頻度が減ったのを覚えています。
 そしてすでにその頃には生活圏をTwitterに移していたということもあり、私は程なくして退会しました。それ以降は動向を追っていなかったので、これがmixiを「過去」として見てしまう理由です。

 ツイッターの日本版がリリースされたのは二〇〇八年。一一年が経ち、もともとはさえずりのための空間であったものの、最近では写真や動画、さらにはライブ配信の形でもシェアできるようになっており、どんどん領域の拡張が進んでいる。

 Twitterももうそんなに経つのか……。私は現状では「SNS」と呼べるものは、Twitterしかやっておらず、以前、こちらの記事でも書いたのですが、初めて利用したのは2009年でした。
 現在よりもその時期の方が使用頻度は高く、気付いたら1〜2時間が経っているなんてこともあり、Twitterの変化は結構間近で見てきたなぁーなんて思いもあるのです。

 今ではTwitterから直接写真投稿が当たり前かもしれませんが、昔はTwitterそのものに写真投稿機能がなかったので、外部サイトの「TwiPic」をアカウント連携させて写真を投稿していたなんてこともありました。他にも、サーバーダウンするとクジラが現れたりだとか人のタイムラインを覗けたりだとか。

 「ふぁぼ数」(今で言う「♡」の数)を管理してくれる「ふぁぼったー」なんてサービスもありましたね。
 また、Twitterばっか見ていたから当然ちゃ当然なのかもしれませんが、「こういうサービスがある!」っていうのを検索ではなくて誰かのツイートで知って利用し始めるということも数多くありました。

 途中、約1年のブランクがあるとはいえ、黎明期からずっと使ってきていることもありTwitterの思い出を挙げるとキリがないので、これくらいにしておきます。


 筆者はMAU(Monthly Active Users)を基に、Facebookを「ザ・SNS」としています。

 これを見ると、フェイスブックが、どんな国家の人口よりも多いユーザーを集め、世界一のプラットフォームを形成していることがわかる。一方で、日本国内だけで考えると、ツイッターが最も多く使われているSNSであり、いかに日本人がツイッター好きかわかるだろう。インスタグラムも、この数年でフェイスブックを上回るようになり、これは世界でも日本だけの現象だ。

 それでも日本はTwitterが最大規模のSNSのようで、当時から言われてはおりましたが、Twitterの匿名性や日本語独特の言葉遊び的な面が140字制限と妙にマッチした部分があるのだと思います。


 ここまで本書の副題にもある「いいね!」の部分をガン無視して書いてきましたが、Facebookの特徴の1つに「いいね!」ボタンがあります。とは言っても、mixiにも同じようなものがあった気がしますし、Twitterも当初は「お気に入り」(=Favorite→「ふぁぼ」なんて呼ばれていました。)として設置されていましたし、決して先進的なものではなかったのではないでしょうか。ただ、「いいね!」という語感が見事にハマったのだと思います。

 「いいね!」をめぐっては、承認欲求の問題を指摘する人もいる。「いいね!」欲しさに行動するのは本末転倒ではないか。また非道徳的なことや過激なことをするよう注目を浴びたがる若い人々をけしかけているのではないかと。
 それらの指摘には一理あるし考慮すべき懸念が一切ないとはまったく思っていないが、これをきっかけに多くのユーザーのシェアが促されるようになったということ、人々の支持が可視化されるようになったこと、それまでであればなかったであろう好意的でポジティブなフィードバックがたくさん生まれたことなどは疑いえない。
 わざわざありがとう、すごいねと言うほどでもないけど、何かリアクションしたい。そういったものが「いいね!」によって評価されている。これらはコミュニケーションの価値と言っていいはずだ。

 「いいね!」数によってどれだけの「支持」を集めているかということの可視化が行われ、確かにこれはそれこそ「いいね!」な現象なのだけれど、だからと言ってその全数が「支持」というわけではないよね?とも思うのです。
 私もFacebook利用時によくやっていたことなのですが、「「どうでもいいね!」という気持ちを込めての「いいね!」」という可能性もあります。これは完全に私の偏見なのですが、大学生の頃はキラキラな出来事をアップしている方々や「こう思うぜ!」みたいな意識高い系の投稿が結構多かったので、その対照的な位置にいた私なんかは「はいはい、よかったですね」って皮肉を込めて「いいね!」していたことも……。

 もう少し一般的な内容に広げると、例えばバイトテロ的な投稿に対して「いいね!」が2万件付いていたとしても、それは決して「好意的」や「支持」という意味ではないですよね。世に広げたい(炎上させたい)、でも「悪いね!」が無いから「仕方なく「いいね!」」ということもあると思います。
 「いいね!」による過度な承認欲求的な話はよく見かけますが、「仕方なく「いいね!」」みたいな面って意外と語られていないんじゃないかなーと思うんですよね。

 またTwitterの話に戻して申し訳ないのですが、Twitterでは「♡」がいわゆる「いいね!」に該当するもので、これにも色んな意味があると思っています。
 たまに偏っているような意見が書かれたツイートに対して、「こんなツイートに3万も支持(3万の「♡」)が集まっているなんて終わってる」みたいなツイートを見かけることがあるのですが、「後で読み直す」ためのメモ的な意味とか、賛否は置いておいて「へぇ、こんな考え方もあるんだー」程度の意味とか、「うわ、こいつ最悪、炎上させてやろ」的な意味とか、本当に色んな意味合いで「♡」が付けられていると私は考えているのです。私もメモ的な意味とか「へぇ」的な意味で付けることがよくあります。


 本書では他にもGoogle+ぐぐたす)やFoursquareなど過去のもの、InstagramTikTokなど現在進行系のもの、そして今後の展望など非常によくまとまっていたと思います。題名にもあるように、この短期間に目まぐるしく入れ替わったSNSの流れを掴むにはもってこいの本です。

ワンポイント投手禁止について思うこと


 ワンポイント禁止かぁ……。今までも様々なルール変更がされてきましたが、これはちょっと現状では賛同し兼ねます。まぁ、MLBが取り入れたってことは、そのうち国際ルールになり、いずれ日本でも取り入れざるを得なくなるのでしょうけど。そこはもう諦めています。

 細かい話ですけど、今までで個人的に一番嫌だったものは、ストライク(S)・ボール(B)・アウト(O)の表示変更ですかね。日本のプロ野球界では長い間、「SBO」の順で表示されておりましたが、国際大会等での慣習では「BSO」表示が主流で、日本のプロ野球からも国際大会に出場する選手が多くなったということで、2011年から「BSO」表示に変更になりました。2アウト、2ストライク、3ボールの場合、変更前後を図にするとこんな感じです。

変更前 S ⚫︎⚫︎
    B ⚫︎⚫︎⚫︎
    O ⚫︎⚫︎

変更後 B ⚫︎⚫︎⚫︎
    S ⚫︎⚫︎
    O ⚫︎⚫︎

 もうこれは個人の感性的な問題なのかもしれませんが、私は変更前の形が非常に整っていて好きだったのです。それが変更後になると、頭でっかちになってしまって……。


 すいません、話が逸れました。


 この他にもコリジョンルールや申告敬遠など基本的にはMLB及び国際ルールに右に倣え的な形でルール変更をしてきた日本のプロ野球ですが、今回のワンポイント禁止はいつから導入になることやら…。

 「ワンポイント投手」は戦略上、結構重要な役割を担っているとは思うのですが、一方で選手からすると初めからその役割を目指してプロ野球界に入ったわけでもないよなぁ、とも思うのです。故・木村拓也氏が新人研修でこんなことを言っていました。

 自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレーヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。

 プロ野球に入れるということは、アマチュア時代は周りよりも頭が1つも2つも抜き出ていた選手ばかりで、投手であれば「先発で20勝!」「抑えで40セーブ!」みたいに大きな目標があるはずです。最初から「ワンポイント投手として活躍したいです!」なんて言う選手はなかなかいないのではないでしょうか。
 しかし、プロ入り後は自分よりも実力が上の人がたくさんいて、その中でも順調に階段を駆け上がる選手がいる一方で、怪我や不調に悩まされて思うように結果が残せない選手も数多くいます。

 偏見かもしれませんが、「ワンポイント」という役割は、特に後者の選手がもがきにもがいて辿り着いた生きる道の色合いが強いのかなーと思います。しかし、戦略上は非常に重要な役割なので、ワンポイント投手としてスペシャリストになれれば「飯が食える」わけです。そのような選手の仕事を狭めるのは、現時点では受け入れ難い気持ちではあります。

 もちろんその中には、それを足掛かりにセットアッパー、守護神とさらなる飛躍を狙っている選手もいるはずなので、現在ワンポイント投手として活躍している選手全員がその立場に満足しているわけではないと思います。
 かつて、ワンポイントとして起用されていた投手が、自分はまだ1回を投げ切るリリーフとして活躍したい、とFA宣言して巨人に移籍してきたことがあったように。まぁ、結局その1回をきっちり抑えることができずに、次第にワンポイントでの起用が多くなり、それでも結果を出せずに戦力外となってしまいましたが。

 ところで、このワンポイント禁止は時間短縮を目的としているみたいなのですが、実際問題そんなに変わるもんなのでしょうかね。1試合で4回も5回もワンポイント投手が出てくることはなく、多くても2回くらいだろうから、投球練習等含めてせいぜい10〜15分しか変わらないんじゃないかなー、とは思うのですが、ここ最近はやたらと「時間短縮」がトレンドのようなので、削れるところは削るってことなのかな。
 きっと2〜3年後には日本も取り入れることになるんだろうなぁ。


 今回はこんな感じです。