kmpen148のいろいろ

日常生活の雑感を書き出しています。備忘録的役割。

【感想】『しずかな日々』

読了:椰月美智子『しずかな日々』講談社文庫、2010年。

 季節外れの、夏休みが舞台の小説を読みました。
 客観的に見ると「主人公のある夏休みの思い出」という程度の話なのですが、主人公の枝田光輝(えだみつき)からすると、それはもう変化の多い、人生の転換期とも言える夏休みでした。ちなみに、物語は大人になった光輝の視点で過去を振り返るように淡々と語られています。

 それまで学校ではいつもひとり、家でお母さんと会話をする程度(お父さんは早いうちに交通事故で亡くなっています。)の生活だったのですが、5年生になってすぐに「押野」が声を掛けてくれてから光輝の生活が一気に「激変」します。

 母さんとの二人暮らしというのは、きっと、そうではない人たちの想像どおりのもので、そのイメージは、ぼくにいろんなことを教えてくれた。良いことも悪いことも含めてだ。
 だから、押野という、うしろの席の(自己紹介のときにぼくの背中をつついていたやつだ)同級生が帰り際、ぼくを野球に誘ってくれたことは驚きだった。クラスメイトからそういう誘いを受けたことなんて、それまで一度もなかったのだから。
 ぼくには、いつでももの悲しいようなイメージがつきまとっていたと思うし、実際ぼくはそのとおりなんだし、また、そうしなければいけないんだ、と子どもながらに感じてもいた。自分が発している雰囲気を、クラスメイトは敏感に感じ取って、ぼくに遠慮していたのかもしれない。


 押野は光輝を野球に誘い、近所の空き地に連れ出してくれます。そこには周辺の小学生が約束することもなく好き勝手に集まってくるのですが、そこでは上級生下級生の垣根を越えて遊んでおり、初めて参加した光輝のことも当然のように受け入れてくれました。

 はじめて参加したぼくを、そこにいたみんなは何事もなかったように受け入れた。それは、幽霊みたいに存在感のないぼくが眼中になかったという意味ではなくて、昔からの顔なじみのようにあっさりと自然に受け入れてくれたのだった。極度の人見知りをするぼくも、なぜかあまり緊張せずにふわふわとなじめた。


 読者側にはたったこれだけのことかもしれませんが、生活の中で近い存在がお母さんしかいなかった光輝にとっては、押野ただ1人だけでも一気に世界が広がったことだと思います。
 とりわけ子供時代って「経験」そのものが少なく狭いので、自分が経験したことのない経験をしている同級生に対して憧れだったり、妬みだったりと様々な感情を抱きやすいですよね。小学生の頃、夏休みに毎回海外旅行をしている同級生がいましたが、当時は子供心に「すげーなー、いいなー!」なんて羨望のまなざしを向けていた気がします。

 その後になんやかんやあってお母さんのお父さん、つまり「おじいさん」の家で光輝は暮らすことになります。お母さんは仕事の関係で引っ越します。本当はこの辺も触れておいた方がいい気もするのだけれど、まぁ、割愛します。


 さて、おじいさんの家に引っ越してからがこの物語のメインとなります。それ以降はゲームの「ぼくのなつやすみ」のような感じで夏休みが進んでいきます。グッピーの観察日記をつけたり、学校のプールに行ったり、押野が泊まりに来たり……。

 三人で──ぼくと押野は麦茶、おじいさんはお酒で──飲み物を飲み、漬物をつまむ。なんだかそれだけのことなんだけど、ぼくたちはその時間をとても有意義に感じた。なんにもしゃべらなくても、ただここでこうしているだけでよかった。濃密で、胸が少しだけきゅんとしてしまうような時間だった。それぞれが、自分だけの世界をたのしんで、でもそれは、ここにいる三人でなければ見つけられない世界だった。


 いわゆる「何気ない日常」ではあるけど、そこにこそ有意義な時間があることを教えてくれます。この辺の表現も含めて、この物語は、私の人生の教科書的な存在である『クマのプーさん』(原作の方です。)に通ずる部分がありました。プーさんの「なにもしないをする」という行動原理が非常に好きなのですが、おそらくこういうことを言うのでしょう。

 別に大きなイベントごとだけが「有意義な時間」になるわけではなく、本を片手にコーヒーを飲んでいる時間だったり、モンハンで素材が出なくて同じクエストを回している時間だったり、料理をしている時間だったり、そういう時間こそもっと「有意義」と感じられる心の余裕のようなものは常に持っていたいですね。

 最後はちょっとこじつけのようになってしまいましたが、読んでよかったなぁと思える作品でした。文体は異なるけど、こういう淡々とした日常を切り取りながら物語を進めていく様子は、私の好きな瀬尾まいこ氏と似ていることもあって非常に読みやすく、作品に入り込みやすかったです。

 まぁ、読んだことある方はご存知だと思いますが、お母さんの行動やお母さんに対する光輝の心情なんかを考えるともうちょい入り組んだ内容ではあるのですが、それらはぜひご一読いただければと思います。


 今回はこんな感じです。